日清都カントリークラブ

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目の前に広がるゴルフコース。自然を生かしたコースレイアウト 。

はじまりは創業者、安藤百福創業者会長の夢

「日清都カントリークラブ」……それは、日清食品の創業者、安藤百福創業者会長のゴルフへの愛情と「食とスポーツを通じて社会に貢献したい」という願いから生まれました。
当時、宇治市内の五雲峰を中心とする景勝地に広大な土地を所有していました。
世界初の即席めんを開発し、「日清食品」を創業し、多忙を極める中、合間をぬってゴルフの練習に励んでいました。しかし時間的な制約もあり思うようにプレーできませんでした。

そんなある日、五雲峰にて眼下の宇治市を見ながらこんな夢を抱きます。

「この雄大な土地に、自分の手でゴルフ場をつくりたい」

そう、これが「日清都カントリークラブ」がはじまりです。
1963年、宇治開発興業株式会社が設立され、本格的なゴルフ場建設がスタートしました。
もちろんそれは、赤土色の岩肌と岩盤の上に“理想”をつくる試みであり、困難のはじまりでもあったのです。

はじまりは創業者、安藤百福創業者会長の夢

最初にコースデザインを担当したのは、イギリス人のジョン・E・クレーン氏でした。クレーンは関西ゴルフ連盟(KGU)の顧問であり、花屋敷ゴルフ倶楽部ひろのコースや西宮高原ゴルフクラブの設計を手がけるなど、イギリス人特有の自然を生かした庭園的コースデザインに定評があり、まさしく適任者でした。
クレーン氏により丘陵の傾斜や尾根などをそのまま利用した自然と調和するゴルフコースが実現しました。芝もイギリス式にこだわり、色彩が美しく成長が早い「ティフトン」が採用されました。

こうして建設開始から3年後の1966年の秋、「都カントリークラブ」が誕生しました
(当時は「日清」の名を冠していませんでした)。 
現在の「日清都カントリークラブ」の前身である「都カントリークラブ」は、18ホール、6870ヤードの美しいゴルフ場だったのです。

はじまりは創業者、安藤百福創業者会長の夢

現在にも通ずる「都カントリークラブ」の魅力のひとつに、“クラブライフ”があります。開場当時からのクラブ会員は皆一様に、「会員同士のコミュニケーション」や「面倒見のよいキャディさんとの交流」など、ゴルフを共に楽しんだアットホームな思いでを語ってくれます。
ともすればエチケットや紳士たるべき行動にとらわれ堅くなりがちなクラブ運営ですが、「都カントリークラブ」は違いました。
その懐の深さを高く評価され、多くのアベレージゴルファーや家族プレーヤーから愛されました。

一方で、競技に挑戦するゴルファーたちもたくさん集いました。
1971年にはKGU(関西ゴルフ連盟)に加盟。関西インタークラブ競技会に参戦。
1975年にはクラブから初のプロゴルファー誕生。
そして1978年には関西インタークラブ競技会G地区予選にて初優勝。
こうして活性化するクラブ活動を背景に、各界から多くの著名人が訪れました。
「都カントリークラブ」はプレースタイルも立場も超え、ゴルフを愛する人々の“社交場”として成長していきました。

はじまりは創業者、安藤百福創業者会長の夢

1980年代に入ると、クラブ運営も軌道にのり、より良いクラブづくりへの気運が高まっていました。そんな中、満を持して安藤百福創業者会長より「9ホール」の増設計画が発表されました。
1984年に工事着手。
これを機に「都カントリークラブ」から「日清都カントリークラブ」と名称が改まりました。
増設は、アウト側の逃谷川に5ホール、イン側の大谷川4ホール。既設コースの改造とも相まって、コースは見違えるように一新されました。
こうして1985年の9月に、「宇治」「都」「醍醐」の3コース・27ホールがオープンしました。

そして年号が「平成」に変わった1989年、「日清都カントリークラブ」は開場23年目を迎えます。1990年には新クラブハウスを建設。
翌1991年には、新ハウス完成と日清カップヌードル発売20周年を記念して、女子プロゴルファーやタレントも参加する、総勢128名の華やかなチャリティゴルフ大会が開催されました。

はじまりは創業者、安藤百福創業者会長の夢

その後も「日清都カントリークラブ」は躍進を続けます。
度重なるコース改造やより一層のサービス充実など、ゴルフ場改善は続けられ、その甲斐あってか、1998年には「関西アマチュアゴルフ選手権京都地区予選」や「関西シニアゴルフ選手権第3地区予選」など、3公式戦の会場として選出されました。
さらに2000年以降は「女性とシニアに優しいゴルフ場」というコンセプトのもと、バリアフリー設備の導入ほか新たにレディースデー・シニアデーが設定されるなど、設備やサービスの改善が行われました。
これらの試みは高く評価され、2002年には女性アマチュアゴルファーが集う全国規模の大会「第一回企業対抗全国レディースゴルフ大会」の決勝大会がここ「日清都カントリークラブ」で開催されました。

そして2009年、開場45周年となる2011年までの3ケ年計画として、3コース全面ベントワングリーン化の改造工事がスタートしました。
2009年に都コース、2010年に宇治コース、そして2011年には醍醐コースとすべての工事が無事完了し、2011年9月には、晴れて3コースそろってのグランドオープンを迎えました。

素晴らしい眺望と戦略性に富んだコース。
性別、年齢も超え、誰もが心ゆくまでゴルフを楽しめる一流のホスピタリティ。
「日清都カントリークラブ」は、多くのゴルファーに愛され親しまれるゴルブ場として大きく変貌を遂げました。

もちろん「日清都カントリークラブ」の躍進は、これからもずっと続いていきます。

To be continued...